伝えるといふコト

来週月曜に研究室所属学生の研究経過発表が行われます。
俗に中間発表、と呼ばれています。
3ヶ月~半年ぐらいに一回行われる定期イベントです。

今日はその準備のために数時間パソコンの前に座りっぱなし、
パソコン画面見つめっぱなしです。
そろそろ飽きてきたので今日はやめようかと思っています。

今年はほんとに発表が多い気がします。
研究室のゼミ発表、中間発表に加えて、学科規模の発表会もあったりして、
先日は入試の発表でしょ。
年度末にはもう一回、修士論文発表会が学科規模であって、
どうせ研究室内でもやったりするんだろうなぁ。

研究室に配属になって4年目になります。
今まで数多くの発表に触れ、自分自身何回も発表を行いなどして、
よく考えるようになったことがあります。

発表で大事な事は何か?ってことです。
『発表』というと、いまいちピンとこないかもしれませんが、
言い換えると『人に何かを伝えること』において大事な事、でしょうか。



そんなん当たり前やん。
と思われるでしょうが、痛感しているのは、
① 『正確に伝える事
② 『わかりやすく伝える事
の2点が大事ってことです。

・・・当たり前ですね。
でも、これが重視されてない発表の多いんです。ほんとに。
①はある程度重視されている事もあるんですが、
②がほんとに適当なことが多いんですよね。

なぜなのかなぁ、と考えてみました。

理由1:準備にあてる時間が少ない。
①と②のどちらが手っ取り早く向上しやすいか、というと、
やっぱり①だと思うんです。
『どう言ったら正確か。』
『どう言ったらわかりやすいか。』
どちらを考えるほうが楽ですか?少なくとも僕は①を考えるほうが楽です。
だったら、とりあえず①の面を強化しよう、というのがいわゆる『合理的な』判断とは言えますかねぇ、って感じです。

理由2:話し手と聞き手に対する依存性
①と②を達成する上で、話し手に依存する割合と聞き手に依存する割合が違うと思うんです。
『正確に言う』という行為は、話し手がどのような言い方をするか、で大部分が決定されるのではないでしょうか。
一方、『わかりやすいように言う』という行為は、話し手がいかに気を使おうとも、聞き手にも決定される部分も多いのではないでしょうか。
だったら、自分(話し手)の努力がダイレクトに反映される①に力を注ぐのが『合理的』なんでしょうねぇ。
(理由1ともリンクしてますね)

でも!
わかりにくい発表はダメです。
わかってもらおうという努力の足りないのはダメです。
確かに、わかってもらおうという姿勢がなくても、
すごい価値のある発表もあるでしょう。大発見をした人とか。
その人がしゃべるだけで価値がある人もきっといるでしょう。
確かにそうだけど、
基本的には『わかってもらいたい』姿勢が必要だと思います。

だって、せっかく自分がやってきたこととか、
自分が勉強した事を人に伝える機会があるのに、
『わかりにくいなぁ』で片付けられるのはもったいないじゃないですか。
聞いてくれる人にも悪いじゃないですか。
せっかく時間をとってくれているんだし。

聞いてくれる人を大事にするというのは、
礼儀であり、義務でもあり、目標でもある気がします。


難しいんですけどね。
さっきも書きましたが、聞き手にも左右される部分ですから。
また、①と②の両立はほんとに難しいものです。

人前で何かをする、って難しいですね。
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ストレスからか、ちょっと偉そうに書いてしまいましたね。すみません。
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by sasayanx | 2004-12-11 02:35 | 日々のメモ  

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